mizu

この水を飲むと、あなたはこれまでと違った人生を味わえます。
でも、飲む水は同じでも飲む人によって味が変わるんです。
…そう、同じ人がいないように…。


立ち寄った喫茶店で奇妙なメニューを目にした。
『人生の水』
ふざけたネーミングだ。こんな水を注文するヤツの気もしれない。
「これ、おもしろそう。」
楽しそうに操が注文する姿を見て、心底そう思う。
かわった女だ。


今までいろんな苦い経験をしてきたけれど、俺は一度も人生をやり直したいと思ったことはない。

反対に、もう一度やり直すなんてまっぴらごめんだ。


「なぁ、お前は何をやり直したいんだ?」

「え?」


操がメールを打つ手を止め、俺を見る。


「別に?だって面白そうじゃない。」


黙っていると、何事もなかったようにメールを打ちはじめた。

こんなかんぐりは良くないかもしれないが、どうしても、俺との事をやり直したいのか?と感じてしまう。


注文の料理が運ばれ、例の水が操の前に置かれた。

見る限り、普通の水だ。

いや、普通の水に決まっている。ネーミングを考えたやつの策略に乗っている自分に気づき、苦笑する。


「ねぇ?飲んでみる?」

「いや、いい。」

「怖いんでしょ?」


何が怖いものか。グイッと飲む。普通の水だ。


「ほら、何ともない。くだらない」

「な~んだ。飲んだらなんか起こるんだと思ってた~残念~」

「そんなわけないだろう」

「そうよね・・・そんな都合の言い分けないよね」


その瞬間、俺はデパートのエレベーターの中

そして、その隣には、まだはりのある操の顔が、ゆがんで見えた。

操と初めて知り合った、場所。

ここで俺が「大丈夫ですか?」と声をかける。するとゆがんだ顔をやや申し訳なさそうに、「ありがとうございます」と操が言う。

ここまでは一緒だ。後は同じ三階でおりて・・・。



3階でおりたのは操だけ。

俺は下りなかった。


人生をやり直せたら、違う道の誘惑に負けてしまう。

これから俺は、何をやり直すのだろう。

24年前に戻って・・・。



po