やっぱり、今日も月はでてない・・・か。

リンはそう思いながら、本来なら掟やぶりではある、海面を漂っていた。

今日は嵐も少し峠を過ぎたような穏やかな流れとなっている。
そんな海面を漂う事は、イライラとした気持も流して行ってくれるようで、心が安らいだ。
そしていつもの場所へと向う。
久しぶりのその場所は、以前とは違い海藻や岩が悲しげに打ち上げられていた。
嵐のひどさを彷彿とさせる。
「ん??」
寂しいその場所に、何か潜んでいる感覚にとらわれた。
「・・・・。誰かいるの・・・???」

まさか、こんな嵐の時期に上がってくる人魚なんて私くらいだし・・・。

 少し入り江から遠くに・・・・イタ。

きっと乾くと柔らかそうな髪。
顔は・・・・残念ながらこっち側からは覗えそうにもない。
彼はうつぶせに浮いた木の上に倒れていたからである。
「・・・ねぇ?生きてるの???」
恐る恐るそう聞きながらそっと手を触ってみる。

  つめたい・・・。

どこから来たんだろう?リンが今まで見た事のない服を着ている。
少し身体をゆすって見る事にした。
ゆすった瞬間に、彼をかろうじて乗せていた木が動いて、彼の身体がもっと冷たい海へと落ちて行く・・・・・・

あぁ!!ヤバイ!!

あせって彼の腕をつかむ・・・。
『あ、この人、人間だ』
人魚とは違う2本の足をみながら、森はどうにか入り江へと運んで行った。

『やっぱり、死んでたのかな?』
『せっかく、こんな間近で人間を見れたのに、死んじゃってるんじゃなぁ~』
『嵐のせいかな??』

次々と出てくる疑問を頭に、まじまじと彼を見る。
さっき見えていなかった顔は、丹精に整っておりまっすぐに伸びた眉毛は、自己の強さをあらわしているようだ。
そして、何も語らない唇は、ほんの少しだけあいている。

ふとリンの頭に歌がうかんだ。

~♪諦めたくない  歩いていく
~いつもそこにある空のように♪~



気が付くといつのまにか唄っていたらしい。
唄い終わり、我に返ったとき、彼と目が合った。

「・・・・。」
「いい歌・・・だね。」
そうつぶやいた唇には、さっきまでの「死」の匂いは感じられないほど、艶やかで、赤かった。
リンは理由もなく恥ずかしくなり、何も言わずにその場から逃げ出していた。