会社に向う朝。
眠たそうな人、急いでいる人、疲れている人…いろんな人の顔がある。
中でもあの人の背中は一番疲れているみたい。
「おはようございます。成宮部長」
「あ、おはようございます。」
疲れは顔にも出ていて、目の下に明らかにクマがある。
「どうしたんですか?部長?今日お疲れですね」
「あ…。なんでもないよ。ありがとう。」
エレベーターに乗り込むと自然と部長と離れた位置になってしまい、話は中断した。


成宮謙一、30歳。
若くにしてBORUBI社の広報部長を務める。
堅実で努力家。
年の割には落ち着いているところから、女子社員の間で「若旦那」というあだ名がついている。


ここ3週間、新しい企画をむかえ、広報部はそれこそ不眠不休で仕事をしてきた。
私もその一員として仕事をしていたが、成宮と初めて一緒に仕事をして、この人が上司で良か
ったと思ったことが何度かあった。
企画を考える時、個人同士のトラブルがある事は珍しい事ではない。
今回の企画でも、成宮とトラブルになりそうな雰囲気があったが、落ち着いて動じていなかっ
た。
周囲には受け身の態度で接し、自分を押し通すことはなく、言葉で人を巧みに説得することも
ない彼。
しかし、何かひきつける情熱があり、そこが魅了の一つになっている。
そういう上司だと、仕事はやりやすく、企画も最高のものにしあがったのは言うまでも無い。


3歳下の彼が、今気になる存在だ。
といっても、恋ではない。


「山田さん、今夜L企画の打ち上げをするから、20時にいつもの所でね」

いつもの会社近くの居酒屋で打ち上げ。
成宮の隣に座った私は、そんな話はするつもりではなかったのに、つい魔が差したのか聞いて
しまった。
「部長、付き合っている彼女いるんですよね?」
笑顔で話していた彼の顔が一瞬曇る。
「もう、いないよ。」
「え?結婚の約束もしてたんでしょ?」
いつの間にかため口になっている事にも気づかないほど、驚いた。
「…。」
成宮は少し酔いが回ってきたのかいつもより饒舌になり、最後の彼女とのやり取りを吐き出す
ように話した。
彼女が完治しえいるものの、過去に病気(なんの病気だったのかは教えてくれなかったが)で、
母親に話したところ「別れなさい」と言われた。
彼女にそれを告げると、拒絶され、そのままもう2週間は連絡もないという事。

「なんでなのか、さっぱり理解できない」
「・・・ばかね。」
「馬鹿とはなんだよ!年下だけど、仮にも上司にむかって」
「だって、ばかなんですもの」
「…!ば…」
彼はまた何か言おうとしたが、思いとどまる。
ほんと、ばか。                 
「…ばか、だよな。ほんと」 
彼がつぶやく。
温厚そうに見える彼だけど、ほんとは短気なのを知っている私にとっては、新鮮な出来事だ。
年下だとか関係なく自然に「かわいい」と思う。
大人っぽくみえて、女心なんて全然わかってないみたい。
 

恋が芽生える瞬間
結婚する相手にであったら、頭の中で鐘がなったり、ビビビッてくるっていうけど、なんだろ。
今まで以上に自分が愛しく感じる。
失くしたものを見つけた瞬間のように、心が浮きだってる。
本心を明かすのが見苦手な私は、今まで経験してきた恋愛を思い起こしてみても、そのことが
原因で別れたといっても過言ではないだろう。
でも、成宮にはなんでも話せる気がしてくるのは、仕事面での彼を知っているし、信頼してるか
らなのかな。
うれしくて、つい、言ってしまった。

「好き」




今考えても赤面ものだけど。
女心なんてわからない彼は、その場もクールに乗り切ったけどね。
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「AFTER」の番外編です。