岡本ひとみ、21歳。
小学校教諭を目指し、短大を卒業後、本採用は残念ながら不採用。
しかし、この春から臨時教職員として「鶴見小学校」6年2組の補助職員として勤務中。


私の夢は、小さい時からずっと「小学校の先生」
臨時職員とはいえ、子どもたちと一緒に学校生活を送る事を楽しみにしていたんだけど…
4月5月はもう自分のことで精一杯。
周りのことなんて全然見えず、失敗続きの毎日。
担任の村田先生は、この道30年のベテラン先生で、とても尊敬できるんだけど、その分厳しい。
子どもよりも私の方が、叱られぱなしの毎日。
でも、子どもの笑顔で癒されつつ・・・と言いたいけど、子どもにも振り回されてます。
小学校6年生って言えども、もうすっかり小さな大人。
女の子の方が早熟で誰が誰を好きとか、かっこいいとか、よくそんな話題がよくあがっているみたい。
まぁ、私の時もそうだったかなぁ~。

「岡田先生、おばちゃん先生には秘密なんやけど、、私、橘くんの事好きやねん。秘密やで」
「へぇ~そうなんだ、橘くんいい子だよね。わかった、秘密ね!」
この時も毎日の会話の一つで、たいして問題にするような話題じゃなかった。
秘密を共有する事で、出来る連帯感。それを彼女達は大切に思っている。
でも、いったん連帯感が崩れると、そこにはもう何も残らない。

「先生!ちょっと来て!」
昼休み、クラス委員の時田くんが血相を抱えて職員室に駆け込んできた。
どうしたの?と聞いても答えず、腕を掴まれて私は6年2組の教室へと連れて行かれた。
「先生、来たで。」
教室の中は1人と何人かがもめている様で、そこを中心にクラスの子達が見守っている(野次馬!?)状況だった。
その中を割って入る。どうしたの?と聞く前に周りの子が口々に口を出す。
「優ちゃんが、玲奈ちゃん叩いてん」
「浜口、泣いとーし」

やっと中心に入り込んだ。
中心にいる人物ははっきりものを言う沖田優と、いつも一緒の頑固な浜口玲奈だ。
「どうしたの?沖田さん?浜口さん?」
2人はやっと私に気がついたように、ジッと見つめる。
「?」
「先生やろ?」
なに???何の事?2人とも私を睨んでいる。
「なぁ、先生が言ったん?」
何を??
「橘くんの事」
え?沖田さんが橘くんをスキだって言う事??
「だって、みんなが言ってないんやったら、後は先生しかいないもん。」
優はぐっと眉毛を上げて私を見た。

けんかの理由はこうだ。
沖田優と浜口玲奈は、仲良し5人組のうちの2人。
1週間前の交換日記に、優がクラスの男の子、橘洋介が好きだとほかの4人に告白。
交換日記の中身は、絶対に秘密の約束だったのに、どういうわけかクラスのほとんどがその事を知っていた。
もちろん、当の本人、橘洋介もだ。
そして、今日その事で男子にひやかされたらしい。
怒った優が玲奈と「言った」「言ってない」とけんかになった結果、今に至る。
でも、何で私が関係あるの?
「先生が言ったん?みんなに」
優の顔はどうして?と言いたげに見つめる。
「先生じゃないよ。秘密だって言ってたよね?」
「…うん」
2人ともションボリとしながらも、まだ何か言いたげだった。

「は~い。何事かしら??、もうとっくにチャイムは鳴ってるよ」
村田先生の登場でクラス全体が現実に引き戻される。
「さぁ、席に座りなさい~!」
現実に戻された一人一人がそれぞれ席につく。
「岡田先生、2人を養護室に連れて行って話を聞いてあげて」
私の横に来た時、村田先生がこそっと耳元で囁いた。
「…はい」


養護室に入っても、重苦しい空気は変わらず。
何か言いた気な2人を前に、私はどうしようかと頭をひねっていた。

「…優ちゃん、ほんとは私言ってもてん。前田に」
沈黙が続く中、先に口を開いたのは、教員の私ではなく、玲奈だった。
「めっちゃ聞かれてんやんか。」
「聞かれたからって、何でも言うん?」
またボルテージが上がりそうな勢いだ。とにかく・・黙って事の成り行きを見守る。
「玲ちゃん、前田の事、前に好きやって言うとったやんな?好きなやつやったら言うん?」
「……。」
「だまっとったって、わからへんねん!!」
玲奈はしぶしぶながら答える。
「だってな、前田くん、優ちゃんのことが好きみたいやねんもん」
「え?」
「ずっと聞いてくんねんもん。『沖田に好きなやつおるんか』って」
涙をぐっとこらえながら先を続ける。
「だからな、諦めるかなって思って、言うてもてん」
教室中に玲奈のすすり泣く声でいっぱいになる。今までおさえてたものが一気に噴出したみたいだった。
「・・・・優ちゃん、ごめんなぁ・・」
私は何も言わず、ただ黙っているだけ・・・・。
私もどっちかというと玲奈に似て不器用な分、共感してしまい優の次に来る答えを固唾を呑んで待っていた。
「・・・あほやな~~」
溜息とともに出た言葉。
「ほんまあほやで、なぁ、先生」
沖田さん、浜口さんの気持ちわかってくれたの?
「優ちゃん、ごめんな。私が前田のこと―好きやってみんなに言うていいから。」
「・・・・。もうええわ。そろそろ告白しようかなって思っててん。こういうのなんていうんだっけ?えっとー」
一石二鳥??教室に入って私が初めて発した言葉に、優はニッコリと笑った。
「私も、叩いてごめんな」


「クラスのみんな、ビックリしてたね」
「そやな~迷惑かけたなぁ~」
「なぁ~」
つい30分前にこの渡り廊下を通った時は、3人とも重苦しい雰囲気だったが、今は晴れやかだ。
「じゃあさ…」
優がコショコショとないしょ話。

そして、教室に戻った二人は、それぞれ目的の人の前に立ち、
「橘くん!!」
「前田くん!!」
「好きです!!」
教室がより一層沸き返ったのは いうまでもない。
毎日大変でへこむ事もあるけど、もう少しがんばってみよう。