「愛ちゃん、これ3番にお願い」
「はい~!」

駅近くにある居酒屋「てんち」
夕方5時開店の店は、仕事帰りのおじさんやOLで19時から少しずつ忙しくなる。
常連客が多く、一人で来てくれる人もいる。
これも店長の人柄なのかな。
したい事をするまでのステップのつもりで働き始めたバイトだけど、接客業は思いのほか楽しい。
いろんな人と接する事が好きなのかな。
「愛ちゃん、聞いてよ~、今日部長がさぁ~」
「斉藤さん、飲みすぎ注意ですよ?」
こうして平凡ではあるけど、充実した日々を過ごせる事に今、喜びを感じる。


あの後、私からも先輩からも連絡することなく、恋は消滅してしまった。
きっかけはちょっとした、ほんの些細な事だったかもしれない。
3年も付き合ってきて、結婚の約束もしていたのに、別れる時は信じられないほど会話もなくあっさりしたものだった。
3年間ちょっと背伸びして先輩と付き合っていた気がする。
「こうしなくてはいけない」とか「こうあるべき」とか自分にも、相手にも求めていた。
そんな事、どうでもいい事なのに。

人伝えに先輩が結婚した事を聞いたのは、それから半年後のこと。
結婚相手は彼の職場先のOL
なんでも彼より年上だとか。
ショックはショックだったけど、不思議に涙はでなかった。
私は私らしくていい。
そう気づいたときに、もう恋は終わっていたんだ。
私の生活は今でも変わってないつもりだけど、ちょっと世界が広がったように思う。


「愛、今日も潤くん来てるよ」

潤はあれ以来、バイト先にちょくちょく現れるようになった。
たまに女の子も一緒に来る事もあるけど、前みたいに非常識な感じの子はいないみたいだ。

「ねぇ彼女、今日暇?」
「今日も彼女とデートじゃないんですかぁ」
ちょっと意地悪を言ってみても潤には通じない。ニヤリと笑って、そんな事ないよ、あいちゃん一筋!なんて。
私もだんだんそれに慣れてきて、そんなやり取りが心地よくもなってきている。
先輩との恋が消滅した夜、潤がそばにいたから私は、私を取り戻したのかもしれない。
変態とばかり思っていた潤に、救われるなんて思ってもなかったけどね。

この先、いろんな人と出会って、恋をするかもしれない。
今はまだ考えられないけど。
でも私が私らしくいられる人に出会いたいと願う。
そして、相手にもそう感じて欲しい。
いつかきっと…。