私と彼との出会いは最低だった。


「ちょっと~、注文遅すぎ~~」
「大変申し訳ありません。今、確認してきます」
もう何回この言葉を口にしたか・・・。しょうがないのよ、だって今日は厨房とフロアー合わせて3人しかいないんだもの。
まさかこんな平日の夜にお客がいっぱいくるなんて、店長も予期してなかったんだろう。

「愛っ~~~!なんでこんなに今日多いのよ。ゆっくり出来ると思ってたのにぃ」
3人のうちの1人、カンナもてんてこ舞いの様子だ。
「なんでも近くでPUPUのコンサートがあったらしいよ。そのせいじゃない?」
「うそ~~~。もう・・・今日休めば良かったぁ」

居酒屋てんちは、コンサート会場から一駅離れているところにある。
有名なアーティストのコンサートの時は、全国からファンが殺到する。コンサートが終了すると近くの料理屋はファンでごった返す。
そしてどこも行き場のなくなった人が、こんな辺鄙な居酒屋まで来るのだ。

「ねぇ~まだぁ~~」
さっきの客だ。隣に座っている彼に寄り添って、もう何杯飲んだかわからないジョッキを片手にまだくだを巻いている。
「お客様、申し訳ありません、ただ今…」
私が言い終わる前に彼女は事もあろうに、ジョッキの中を私に向ってぶちまけた。
転がっていく氷・・・。
静まり返る店内。
「ひゃひゃひゃ~~!!!ばぁ~~~~か!!」
彼女の声が遠くに聞こえる。
「潤、出よっ。こんな店!」
そういい残し、彼に寄りかかり、うれしそうに出て行く。
「・・・・。ありがとうございました」
呆然とした私はそういうのが精一杯だった。

それから約2時間余り。私は何事もなかったように働いた。
「愛、大丈夫?今店長に電話したら、もう食材がないし、今日はもう閉店していいって」
「・・・・わかった。ちょっとゴミだししてくるね」
「・・うん。早く帰ろっ?」

厨房に戻りゴミを集めながら、裏路地を急ぐ…。
今何時だろ、まだ暗いな。
「おいっ」
??なんか聞こえたような…。気のせいだよね。こんな裏路地で声かけてくる人なんて・・・。
小走りに過ぎようとしたら突然、腕をつかまれた。
「・・っっ!!きゃっっ」
「なんだよ、無視かよ」
「何するんですか!やめてください!!」
腕を振り払おうとするが振り払えない。
「・・さっきは連れが、ごめんな」
つかまれた腕をほどかれ、薄暗い路地でその相手を見つめる。
「あっ、さっきの」
予想通り、2時間前に私に氷を投げつけてきた客と一緒にいた男。
確か、潤っていったっけ。
「あ・・・。いえ、別に気にしてませんから」
っていうか、なんで彼女じゃなくてあなたが謝りにくるの??
「えっと、彼女は?」
「あぁ、別に彼女でもないんだけど、帰った」
「あっ、そうなんですね・・・。って、あんなに酔ってたのに大丈夫なんですか??」
「ん~~っ。大丈夫だろ??」
平然と涼しい顔の男。ダメだ、苦手なタイプ。かかわらないに限る。
「えっと、気にしてくださって、ありがとうございます。居酒屋なんで、結構ああいうこと多いんですよ(うそだけど)だから、全然気にしてません」
「……。」
「彼女にもそう伝えてください。じゃ、私まだ仕事があるので」
そう言って後にしようとした腕をまた掴まれる。
「もう、だから、いいって言ってるでしょっ!!」
私の腕を掴んでる左手とは反対の手で頬を掴まれた。
「むぐっ・・なにぃ、やべて、ばなして!(なに、やめて、はなして!)」
怖い!この人ヘン!!怖いっ。
本能が私に警告する。<逃げろ!!>
でも体が動かない。涙が出てきた。
「なんで、泣いてるの?」
ば、ばかじゃないの、この男、あんたがこんな事してるからに決まってるじゃない!
抵抗できる手で思い切りたたいてやったけど、全然効いてないようだ。くやしい!
思い切りにらんでやる。
その時初めてそいつの顔をジックリ見た。私より多分年下。短髪でピアスをしている。目は、目は吸い込まれそう・・・。
かっこいい部類にはいるかもしれないけど、ネジが外れた変態。
思わず視線をはずしそうになったけど、ギリギリまで睨み返す。
突然、顔が近づいてきて、
「!!いひゃっ!!(いや!!)」
こぼれかけた私の涙をそっと舌ですくった。
「そんな顔、すんなよ」
切なそうな声も、顔も、全部、今の私には恐怖にしか思えなかった。

バタンッ
ふいにドアが開き、現実に引き戻される。
「愛~~~。もう客帰ったよ~。帰ろ~~~~・・・。なにぃ?」
薄暗いからカンナには男が見えてない様子だ。まさかそんなところにいるとも思わないだろうし。
「じゃぁ、邪魔が入ったから、またね。あい、ちゃん」
そう耳の元で囁くとそいつは背中を向けた。
呆然と恐怖に打ちのめされている私を後にして。

「??愛??誰かいた??」
「……。」

それが彼、矢田潤との最悪の出会いだった。